発達障害理由に不合格は「差別」…県に賠償命令

これまた物議を醸しそうなニュースですね。

原告の男性はどのような発達障害だったのか、どの程度の障害かによって話は大きく変わってくると思いますし、業務内容によっても大きく意見が分かれる部分だとは思いますが、私個人としてはこの判決には疑問を抱きました。

県が原告を不採用とした理由とは

まず、県が取った対応について考えてみましょう。

 

 県は訴訟で、不合格の理由として「臨機応変に対応することができず、研修を受講、修了するのに支障があった」と主張していた。

 

この部分だけを見れば、県は至極まっとうな判断をしていると思います。

原告の男性は介護職員を目指していたとのことですが、介護職は不確定要素を非常に多く潜んでいる仕事であり、県が主張する「臨機応変に〜」というスキルが重要視されるのは当然です。

その対応如何によって何かしらの事故が起きた場合、介護を受ける側に万が一のことはあってはいけませんし、何よりその責任はすべて県が負うことになるわけですからね。

それに対し裁判では

 

 西村修裁判長は判決で、男性が直後に受けた国の介護職員実務者研修の試験には合格し、研修の受講成績も優秀だったと説明。「受講、修了に支障があったとは言えない。高知県は発達障害を理由に必要以上に厳しく評価した」と指摘した。

 

との審判が下されたようです。

確かに研修時の内容に問題無かったのであれば、その通りだとは思いますが、研修は所詮研修にしか過ぎません。

 

 

デスクワークなら支障はないと思いますが、それと現場の介護業務とは仕事の方向性が180°異なります。

ニュースではその具体的な職務内容まで書かれていないのでなんとも言えないのですが、一般論として、ハードな介護現場で障害者を働かせるということは、介護される側、働く側、管理する側のどれをとってもプラスになるものではない、ということを念頭に入れておくべきではないでしょうか。

 

原告の男性の主張

仕事ができるかどうかは、まずは原告の男性の障害の程度について考察する必要がありますが、先にも話したように、この記事からは「発達障害」としか書かれていないので、それ以上のことは何も読み取れません。

周知の通り、発達障害にも様々な種類があるわけですが、

 

「臨機応変に対応することができず、研修を受講、修了するのに支障があった」

 

臨機応変に対応できないという時点で、障害の有無に関係なく業務を遂行することは難しいんじゃないでしょうかね?

なので、

 

 男性は現在、老人ホームで介護助手として働いているという。判決後の記者会見で「誤解と偏見こそが共生社会にとっての障害。高知県は、障害者の社会参加を実現する道筋を確保すべきだ」と話した。

 

という原告の主張は、障害を盾にゴリ押ししている部分があると言わざるをえません。

もそも県は障害とは別の観点を持ち、総合的な判断で「介護職員初任者研修は不合格」としたはずですから、誤解だの偏見だのを持ち出すのはちょっと論点がズレてるような気がします。

 

能力不足=障害ではない

ここで少し話を戻しましょう。

介護職は、職員同士の緻密なコミュニケーションの取り方が強く求められる、とてもシビアな仕事です。

万一事故でも起こそうものなら、人の命を奪いかねない仕事なのですから、介護される側はもちろん、「阿吽の呼吸」が強く求められることでしょう。

そこへコミュニケーション能力に難のある人間が入り込んでしまえば……もうあとは分かりますよね?

要するに「コミュニケーション能力」に難がある以上はできない仕事なんです、介護職って。無論、障害云々とは別にして。

もしこの男性が、単に自身のコミュニケーション能力の不足から訴えを起こしたのであれば、それは単にスキルが足りていないだけの話であり、障害というのは後から付け足した苦し紛れの言いがかりにしか聞こえないんですよね。

本当に障害のせいでスキルが足りていないのであれば、より自分の障害の特性を理解し、よりふさわしい仕事を見つけることが道理なんです。

 

 

余談ではありますが、ADHDである私の妹はコミュニケーション能力には秀でており、一方、ASDの妻はコミュニケーション能力に難があります。

そして、そんな妹は店で接客業を、妻は在宅で内職みたいなことをしていますが、仮にそれぞれが逆の仕事をしていたら、心身ともに悲鳴をあげることは間違いないでしょう。

この二人のサンプルだけで結論は出したくはありませんが、このように障害きちんと理解してやれば、どんな仕事が自分に向いているのかわかりそうなものですけどね。

 

障害者の受け入れ先が無いのが問題

これはどんな人にも言えることですが、各々の能力に見合った仕事に就くことが一番の理想です。

障害を抱えているならば尚更のことですし、できもしないことを無理にしたって何のメリットもありません。余計なストレスや摩擦を生むだけです。

ならば障害者でも働けて、かつ自立できるような場所があるかというとそうではありません。

 

今この国が障害者を受け入れる社会体制をきちんと整備しているのかと聞かれればそれは「否」ですので、障害者と健常者の共生は非常に困難になっているのが問題として、今回このような形になって浮き彫りになったのでしょう。

現に今の障害者雇用促進法なんてのは

 

「一定の割合で障害者を雇えよ。その分金は出すから、な?」

 

といった程度の法律ですからね。

ただでさえ白い目で見られる障害者をどのように守るのか、単に差別をなくすとか共生を目指すと言った理想論だけで語るのではなく、障害者目線でその道標を作る、この国がそんな成熟した社会になれることを願ってやみません。