27歳「発達障害」の彼女がついに得た居場所

先日、こんな記事を目にしました。

 

 

ざっと記事を読んだ限りは「なるほどな」と思いましたが、それ以上特別な感情は湧きませんでしたし、最終的には「居場所が見つかってよかったですね」程度の印象しか受けませんでした。

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何を伝えたかったのか?

そして記事を読み終えて思ったのは、

 

で、何が言いたかったの?

 

ということです。

記事に登場した植野亜純さん(仮名)は発達障害(ADHD)があるため、今の居場所を見つけるまでに色々と苦労したことはもちろん理解できました。

 

 

が、少々キツい言い方をすれば、その程度の苦労話は障害の有無にかかわらずあることだと思いますし、一番肝心な「発達障害」の部分にあまり突っ込んだ話をしていないように感じたんですね。

本当はもっと深刻な内容の話があったのかもしれませんし、ああいったサイトなので言葉を選んで記事にした部分はあるかもしれませんけど、発達障害を認知させるという点においては少々物足りなさを感じたのが率直な気持ちです。

 

健常者(定型発達)の本音

ところでこの記事には様々なコメントが寄せられていますが、やはりというべきか、現代日本人の民度の低さを象徴するかのようなコメントが多数見られました。

 

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発達障害など所詮気休めです。

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おねしょだけは単なる病気なだけな気もするがw会話はイジメに会った人の大体がこうなるねw
コミュ症も発達障害と言えるだろう。

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>発達障害というか、
ただの鬱病なんじゃないの?

 

まぁこういったコメントをズケズケと書けること自体、健常者(定型発達)ではないのですが、おそらく書いている本んは「自分はマトモ」だと考えている人たちばかりなので、便宜上健常者(定型発達)としておきます。

そう、今の日本は一歩社会に出ると、こんな人たちばかりの中で生きていかなければならないという厳しい現実が待っています。

また、

 

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「使っているテキストはどの生徒も同じなので、一部だけコピーして持っていけばいいだけなのに、一人ひとりの生徒分全部コピーして持っていかないと気が済まなくてコピーばかりして」というのは著作権法違反では?

 

文脈が読めないこの方は典型的なASDでしょうし、まぁ実にいろんな人がいましたけど、唯一救いだったのは

 

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このコメント欄を見ても胸が苦しくなる

 

ぐらいなもので、障害者を白い目で見ている人の方が大半を占めていましたことに気付くんじゃないでしょうか。

 

発達障害の真意に触れていない

やや話が脱線してしまいましたので元に戻しましょう。

まず発達障害をより幅広い人に認知してもらうためには、(ADHD)に悩む植野亜純さんが、現在に至るまでにどのような苦い経験をしてきたのか、そしてそれはADHDがどう影響していたのかをもっと突っ込んだ話をしなければいけなかったと思います。

例えば、夜尿症がADHDが起因とされているならば、きちんとしたソースを明示しなければいけませんし、ただ単に夜尿症=ADHDと受け取れるような表現だけは避けるべきだったでしょう。

また、

 

双極性障害は、かつて「そううつ病」と呼ばれていた精神疾患だ。そう状態のときとうつのときの状態の差が激しいことが特徴的な病気であるが、ADHDと双極性障害は、医師でもその差の判断が難しいと言われているほど、似た症状を持つ。

 

鬱病一つをとって見てもこのように同列で語ってしまっては本末転倒。

なぜならば、基本的にADHDと鬱病=双極性障害の症状は似ても似つかぬものだからです。

 

 

例えば鬱病なんかは、私の妻のようにASDであるために生き辛さを感じ、それがストレスとなって発症するケース(二次障害)がほとんどなのですから、これもなんの根拠もなしに簡単に片付けてしまってはあまりにも軽率だと言わざるをえません。

そういった意味では、

 

以前取材した、ADHDの衝動性により買い物依存症に陥った倉田さんと同じケースなのだろうかと思って聞いてみたところ、「衝動と『もういいや!』という気持ちからです」とのことだった。また、これも衝動性と一種の自傷行為に当たると思うと植野さんが語ったのは、髪を短く切ってしまうことだ。

 

これもADHDの特徴である衝動性だけでなく、二次障害のパニック障害が影響している能性もあるわけですから、もう一歩踏み込んで考えて欲しい部分だと感じました。

 

 

それと、ADHDと双極性障害の区別ができない医師なんか相当のヤブです。

ほとんどの精神科医はそのくらいの診断はできますし、判断が難しいのは双極性障害を引き起こした原因なのですから、ADHDと双極性障害を一緒くたにするとなると、これらの障害に対し要らぬ誤解を生む危険性がありますからね。

 

事の本質は障害にあらず

まだ他にも突っ込む部分はありますが、それを言い出したらクレーマーになってしまうので(笑)、事の本質を私なりにまとめてみたいと思います。

数々の心無いコメントでも見られるように、基本的に現代日本人は同調圧力が非常に強く、古くから「村八分」という言葉があるように、差別意識もまた強い民族性であることをいの一番に知る必要があります。

 

 

上の記事で市川拓司さんも仰っていたように、同調圧力の強い国では障害者が厄介者扱いされてしまうわけですが、これこそが事の本質なんですよね。

ただ漠然と「障害者だと苦労する」という同情心に訴えかけるだけでは、何の解決にもなりませんし、お情け一辺倒の話にしてしまっては

 

「都合のいい時だけ障害者特権を使うな」

 

という風潮が生まれ、障害者はさらに息苦しい思いをすることも無きにしも非ずだからです。

こと最近は「発達障害」という言葉だけが一人歩きしてしまっている部分もあり、この障害に対して全くのデタラメな情報も出回っているので、

 

うわっぺだけで発達障害を語っちゃうと、余計な差別とか摩擦が生まれちまうよ?

 

と思わずには入られませんでした。

発達障害に限らず、障害者問題を扱うには何が事の本質なのか、そこは「臭いものには蓋をしろ」では堂々巡りになるだけ。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」の気持ちで臨むべき社会問題だと、そんなようにも思いました。

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