重度障害(先天性ミオパチー)理由に地元小学校へ通えず、親子が提訴

また親のエゴ丸出しの醜いニュースがありましたね。

 

 

以前も似たような記事を書きましたが、どうしてそこまで普通学級に通わせることにこだわるのか、ぶっちゃけた話をしてみたいと思います。

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障害者差別解消法を都合よく解釈しているだけ

まず、教育委員会がとった対応と、訴訟に至った経緯を見てみましょう。

 

 ところが、県と市の教育委員会は「専門的な教育が適切」として就学先を特別支援学校に決めたため、地域の小学校に通えないのは障害者差別解消法などに違反しているとして、県と市の教育委員会を相手取り、横浜地裁に提訴しました。

 

教育委員会は、特別支援学級を就学先に決めたのは「専門的な教育が必要」との至極まっとうな判断をしています。

そりゃそうですよね。光菅和希くんは先天性ミオパチーという指定難病を抱えているのですから、常時医療的なケアをしなければなりませんから。

記事を読む限り、医療ケアに咲いては光菅和希くんの両親が付き添うという条件を付けているので、以前記事にした

 

 

上記のケースよりはずっと筋は通ってるかなとは思いますが、常時医療ケアが必要な難病を抱えた子供を普通学級に通わせた場合、他の児童に与える負担を客観的に考慮してあげる必要があります。障害者だろうが健常者だろうが、両者に人権の違いは無いというのが障害者差別解消法の本筋であるわけですからね。

ところが光菅和希くんの両親は、この障害者差別解消法に反するとして訴えを起こしました。なんとなく矛盾しているようなこの訴え。やはり、先に見えてくるのはやはり親のエゴではないでしょうか。

 

両親の言い分に見え隠れするエゴと差別

ここで和希くんの両親の言い分を見てみましょう。

 

「障害があるから特別ではなく、障害があっても同じクラスにいたから友達だっていう、そういう普通の今まで自分たちが成長してきたものと同じものを与えてあげたいな」(光菅和希くんの父親)

両親は「幼稚園では同年代の友達と接することで笑顔も増えた。大人の指導が中心の特別支援学校では地元の学校のような成長は望めない」と話しています。

 

何か違和感を感じませんか? そう、特にこの部分です。

 

「今まで自分たちが成長してきたものと同じものを与えてあげたい」

 

両親の人間性や精神レベルはさておき、和希くんの両親は健常者として人生を過ごしてきたはずですが、くだけた言い方をすれば、健常者である自分たちが育ってきた経緯と同じものを息子にも与えてやりたい、ということなんです。

これって冷静に考えると、ものすごく恐ろしい考えだと思いませんか?

指定難病を抱えた子供に対し、健常者目線の価値観を無理やり子に押し付けてようとしているのですから、これは親のエゴ以外の何物でもありません。

さらに言えば、普通という言葉を両親は用いていますが、普通の対義語は「異常」です。

つまり、自身の子を「異常=障害者」と認めているからこそ普通という言葉がポンと出てきたわけであり、和希くんの両親は心理的に子を差別している差別主義者だということもわかるかと思います。

そもそも「普通」ってどういうことなのよ!?

 

と、問いただしてみたいですね。

 

差別差別と騒ぐならば……

司法がどう判断するかはわかりませんが、それでもなお障害者差別解消法に反していると声を大にして言うならば、学校の授業全てを他の子供たちと同じように受けさせてあげるべきです。読み書きにしても体育にしてもなんら変わりなく授業を受けさせる、と。これで全ての問題が解決します。

……で、和希くんはどこまで普通学級の授業についていけるんでしょうかね?

まぁ、間違っても運動することは無理でしょうが、和希くんだけを特別扱いすることは何よりの差別問題に繋がるわけですから、体育の評価に関しては否が応でも最低な評価しなくてはいけません。

こう評価することが平等の大原則であり、差別問題を助長させない一番の取り組み方になるからです。

 

 

でも、実際はそんな無理な真似をさせることはできませんよね?

下手をすれば生命の危険に関わってくるわけですし、授業中、万一和希くんが死ぬようなことがあったら、それはそれで重大な人権問題になってしまいますからね。

そういった最悪のケースを想定し、かつその責任が最終的に誰が背負うのかと事前に明白にできない以上は、重度の障害を抱えた子供は普通学級に就学させるべきではありません。和希くんの両親が全責任を負うというのであれば話は別ですが……。

 

子は親の玩具ではない

当たり前の話ですが、子供にも障害者にも健常者にも同様の人権があります。

その人権を尊重することが、人間が人間であるために必要な「精神」なのですが、親の都合や価値観を無理やり押し付ける行為こそ、子供に対する重大な人権侵害であることを忘れてはいけません。

にもかかわらず、最近は子の人権には目もくれず、ことあるたびにやれ差別だの騒ぎ立て、自身の価値観のみで作られた薄っぺらな「平等」を問題提起する親が増えているような気がしてなりません。

 

 

今回のケースで言うならば、障害者という免罪符、障害者差別解消法をカードにして自分らの主張だけをゴリ押しする親。

そんなことをすれば平等も人権もクソもなくなってしまうというのに、一体子供をなんだと思っているのか、本当に理解に苦しみます。なんだか、子供を自分らの都合のいい玩具にしているだけにしか見えませんねぇ。

「うちの子が普通学級に入れないのは差別だ!!」と声を大にする親が、実は一番の差別主義者だったなんて、冗談もほどほどにしてほしいものです。

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Posted by チャーリー