障害者を普通学級に進学させる意味

発達障害とはまた少々異なりますが、気になったニュースがありましたので個人的な話を。

 

障害児を普通学級へ 千葉でも6、7日 /千葉

障害のある人や教員、医師、弁護士らでつくるボランティア団体「障害児を普通学校へ・全国連絡会」(本部・東京都世田谷区、長谷川律子代表)が6、7日、無料の電話相談窓口「全国一斉 障害児の普通学級就学ホットライン」を開設する。千葉県では電話番号043・295・6322で午前10時〜午後4時に受け付ける。

千葉など12都道県に設けられ、千葉は連絡会の運営委員、高村リュウさん(64)が担当する。発達の遅れやハンディキャップのある子供たちが、地元の小学校で兄妹や近所の友だちと一緒に勉強するにはどうしたら良いか、などについて相談に乗り、アドバイスする。

引用元:毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20160603/ddl/k12/040/210000c

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無理な共生は別の差別を生む

この記事だけではなんとも判断しかねるのですが、要するに「障害がある子供でも普通学級に入れさせたい」ということなんでしょうね。

この際ハッキリと断っておきますが、基本的にこれは無茶な話です。

もちろん障害の程度によっては普通学級に入れても問題はないでしょうけど、例えば常時介護が必要な子供や重度の障害を抱えた子供は、養護学校や支援学級に行くべきだと思います。

 

※画像と本文は関係ありません

 

もちろんそれにはちゃんとした理由があります。

なぜならば養護学校や支援学級では、その名の通り普通学級ではできない支援をしてくれるわけでして、この方が本人や親にとっても都合がいいからです。

それに何よりも周囲の人間の負担にならなくて済むのですから、双方ともウィンウィンな関係になれるはず。これを一方的に押し付けるような形をとってしまうと、必ずそこにには人間関係の歪みが生じますし、そこでまた別な差別が生まれる可能性が出てきます。

 

差別の意味を履き違えるな

ただ、最近はこの差別を一方的に押し付ける風潮があります。何かことあるたびに「差別だ!!」と。

そう声を荒げることがさらなる差別問題を生むというのに、この基本がまるでわかってない親が増えてきているんじゃないでしょうか。

 

 

子供にとって何が幸せなのか、最近は子供の立場に立って考えられる親が少なくなってきました。キラキラネーム(DQNネーム)を付ける親しかり、俗に言うモンスターペアレントが増えているのが何よりの証拠でしょう。

例えば目の見えない子供が生まれたとして、皆さんならどうしますか?

普通ならば盲学校へ通わせるのが道理ですが、その子供を無理やりに普通学級へ通わせてしまったら、その子供は盲目というハンデを克服できないまま成長してしまい、結果として何もできない大人になってしまうんです。これじゃあまりにも不幸ですよね……。

もしここで「それじゃ普通学級でも盲目の子供向けの授業をすればいい」と考えた人は、救いようのないモンスターペアレント。一体何のために盲学校が存在しているのか、まるで理解できていない「大たわけ」です。

 

身の丈にあった教育が望ましい

子供には個々人の特性に見合った学習、教育を受けさせるべきで、超えられもしないハードルを無理やり越えさせてあげる必要はありません。

分かりやすく言うと「身の丈にあった教育」というのでしょうか、そうした方がずっと健やかに成長するように思います。

 

 

話を戻しますが、上で述べた盲目の子供に「この花の色は何色か答えなさい」なんて酷なことが言えますか? 普通は言えませんよね? そういうことなんです。

障害者だからといって差別する事は良くありませんが、区別と分別は必要です。

何も無理に同じ物差しで測る必要はないのですから、差別だ何だの騒ぎ立てる前に、子供が持つそれぞれの個性を伸ばしてあげる事を考えてほしいものです。

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Posted by チャーリー