葬儀のあるべき姿と必要性を考える

湯灌という仕事の話をする前に、まずは日本の葬儀(葬式)のあり方について話してみたいと思います。

まずは下の図を見てください。

 

出典:ダ・ヴィンチニュース

 

日本の葬儀費用というのは世界的に見て異常に高いことがわかりますよね。

多くの人は葬儀の裏事情を知らないでしょうから「このくらいが当たり前」と思い込んでいるのではないでしょうか?

でも、それは全くもって普通ではありません。

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葬儀屋の利益はハンパじゃない

ぶっちゃけた話、なんでこんなにバカ高いのかというと、何から何まで葬儀屋のいいなりになってしまう風潮があるからなんです。

そしてその葬儀屋というのは賤業(せんぎょう)の代表格でありまして、基本的に「金儲けしてナンボ」としか考えていません。

これは葬儀にかかる費用の原価率を知るとわかることなのですが、もう開いた口が塞がらないぐらいにボッタクってます。

例えば棺一つを取ってもそうです。

 

 

一般的(ではないですけど・苦笑)に、中級グレードの棺ですと5〜8万円ぐらいするわけですが、その原価は高くても数千円レベルです。

なぜそんなに安いのかというと国産品ではないからです。そう、そのほとんどが今は中国製なんですね。

これは骨壷や仏衣(ぶつい)なんかも同じことが言えるのですが、物品類の原価率は数パーセントが基本でして、ほとんどが葬儀屋の懐に入ってしまうんです。

ところで何かと「ボッタクリだ!!」と騒がれやすい衣類ですが、アパレル大手であるユニクロの衣類の製造原価率は38%となっているそうです。

ユニクロの製造原価率は平均で38%(ブランドファッション通信)

あのユニクロですらこの原価率なのですから、いかに葬儀屋がボッタクリな商売なのかということがお解り頂けるでしょう。

 

今の葬式は儀式ではなくサービス業の一環

そもそも今の日本の葬儀式というのは、戦後から急速に発展した「サービス業」の一つであり、古来から伝わる厳格な儀式でもなんでもありません。

今の葬儀式は葬儀屋が自分らの儲けだけを考えて作られたハリボテの儀式であり、本来の儀式とはまるで別なものになっているんです。(現代の湯灌も全く同様です)

正直、湯灌という仕事に携わらなかったら、私はその事情を知ることはなかったと思いますし、葬儀屋が類まれなボッタクリな仕事であったことも知ることはなかったでしょう。「壷を買わないと祟りが起こる!!」みたいな悪徳霊感商法と何ら変りないレベルなのですから。

 

 

ただ最近は、葬儀費用についての意識が変化しつつあるようで、地味婚ならぬ地味葬とでも言うのでしょうか、低コストを売りにした葬式が目立つようになってきましたが、これは大変に良いことだと私は考えています。

ここら辺は個々人の持つ死生観によって異なってくる問題だとは思いますが、故人を見送るには何が一番大切なのか、葬式の在り方に疑問を抱く人達が増えてくるはずです。そして、そのニーズに応えようと様々なスタイルの葬式が生まれている、と。

 

 

そういった意味では日本の葬式は曲がり角に立っているのかもしれません。多分、葬式のスタイルは今後もっと多様化していくと思いますし、そうなればあのバカ高い葬儀費用を払わなくて済むようになるでしょう。

人の死を受け止めるには何が必要で何が要らないなのか、「心の原点」を見つめ直す風潮がもっともっと世間一般に広まっていくことを願わずに入られませんね。元湯灌師として。

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葬儀屋関係で働く

Posted by チャーリー