障害者の存在は神様が与えた人類への試練なのか?

もう何度目になるんでしょう、私の仕事に吉報が訪れるたびに、妻の具合が悪くなります。

過去、その度に私は退職を余儀なく迫られ、人生の折り返し地点を過ぎた今もなお、陽の光を浴びることのない人生を過ごしています。

 

 

「もういい加減楽になっちゃいなよ!!」

 

果たしてこの言葉は、天使の囁きなのか悪魔の誘いなのか、人道だけは外してはいない私でも、その言葉が何を意味しているのかがわからなくなる時があります。

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精神障害界のAmazon、それが妻だった

今から3年前、私の妻は中度のアスペルガー症候群と診断されました。

そこで私は、妻の不可解な行動や言動、様々な精神疾患の原因を知った気持ちになり、胸のつかえが取れたような気持ちになりました。

そして理解ある医師の適切な通院、治療のもと、少しずつではありますが妻の症状は緩和され、ようやく私も腰を据えて仕事に集中できるようになったのですが、歴史は繰り返すとはよく言ったもので、ここにきて急に妻の状態が悪化してしまいました。

鬱、強迫性障害、被害妄想、アダルトチルドレン、摂食障害、認知障害、パーソナリティ障害……今はもう両手で数え切れないぐらいの精神疾患を発症し、さすがの私も手詰まり感で一杯一杯になりつつあります。

冗談抜きに、妻の精神疾患の品揃えならAmazonにも負けない自信はあります。

まあ、こんな冗談を言えるぐらいなので、とりあえずはまだ私は平気なのかもしれませんけどね(苦笑)

 

原因を突き詰めれば……

本当に、なぜこうなってしまったのか全くわかりません。複数の障害ならまだしも、どうしてこんなに沢山の精神疾患などを発症したのか、百歩譲って考えても尋常な状態でないことだけは確かです。

もちろん、妻の具合と相談しつつすぐにでも病院へ駆け込む予定です。真っ暗闇に差し込んだか一筋の光が消える前に。

ただ、

 

「物事には何かしらの原因が必ずある」

 

そう信じてやまない私は、どうしていつもこのタイミングで妻の状態が悪くなるのか、必死に必死に考えてみることにしました。

確かに妻に対しては、経済面で苦労させている部分はあると思いますが、こうしてネットができる環境にはありますし、衣食住で困っている部分はありません。もちろん借金もありませんし、浪費や贅沢をしなければ、傍目からも人並みの生活を送っています。

 

 

それなのにどうして……我が家にとっていい仕事の話が出てきたというのに、あまりにも出来過ぎな話です。

「事実は小説よりも奇なり」

この諺を作った人はよく言ったもんだと感心させられます。なんというか、見えない何者かに私の人生を悪戯されているような気持ちになるぐらい、出来過ぎなんですよ……。

人間という生き物は、こんな弱り目に祟り目な時に実体のないモノにすがってしまうが故に、ある者は新興宗教の餌食になり、ある者は自ら命を絶つのかもしれません。

だからあえて私は、妻の状態が悪くなるのを、目に見えない神様のせいにすることにしました。そうすれば、話は丸く収まるはず……と。

 

神様は人間の味方ではない

巷ではよく「苦しい時の神頼み」とか「神様に救われた」なんて話を聞きますが、そんなのは嘘八百でしょうね。

日本には古くから八百万信仰の文化がありますが、当然その中には悪い神様もいるわけですし、「貧乏神」なんかその典型でしょう、皆が皆人間を救う神様とは限りませんから。

私が妻と結婚したのは、それこそ目に見えない「ご縁」があったからなのかもしれませんが、少なくとも「愛」があるから結婚したには間違いありません。

ただ、その「ご縁」というものがあるならば、それもまた神様の仕組んだ悪戯なんだと思います。でなければ、過去に我が家を襲った「不運」や「不幸」が片付けられなくなるからです。

それでは一体、神様は私に対して何を望んでいると云うのでしょうか?

 

障害者がこの世に生を受けた理由とは?

私の妻は紛うことなき障害者です。

医師の診断もさることながら、私の生活支援なしでは生活できない状態にあるのですから、それだけでも健常者とは立ち位置がまるで異なっています。

しかしながら、この人間社会は一つしか存在しないのですから、どうして同じ立ち位置に両者が存在しているのか、真剣に悩むようになりました。

ここで短絡的な考えを持つと、例えば相模原殺傷事件の犯人・植松聖のように

「障害者はいらないから殺す」

などといった行動を起こしたりするかもしれませんが、それこそ人道を外した行動を取ってしまう障害者なわけですから(植松聖は自己愛性パーソナリティ障害と診断されています)、実は私が思っていた以上に現代社会がカオスな状態に陥ってるのかもしれません。

で、そんな状態を作っているのは、他でもなく「神様」なんですよね。

そして、障害者である私の妻もまた神様の悪戯によって生まれてきた、と。

 

 

どうして神様はこんなシャレにならない悪ふざけをするのか、これってもう、シンプルに考えれば、「人間に対して試練を与えている」だけのことなんだと思います。

そう考えれば、全ての辻褄が合うと思いませんか?

ここまでくると「いい加減にしろ!!」と天に唾を吐きたくもなりますが、そんなことをしたところで何も生活は変わらないでしょう。むしろ、怒るだけ損をするかもしれません。

そんなわけで、私はしばらくの間、この神様が与えてくれた余計な節介と向き合うことにしました。

でないと、本当に首をくくってしまうでしょうから、このブログとも少しだけ距離を置きたいと考えています。せっかくのチャンスをみすみす見逃すわけにもいきませんからね。

そしてこの試練を乗り越えた時、再びこの場所へ戻ってきます。

いつの日になるかはわかりませんが、戻ってきた時は

 

「お前の悪戯なんてそんなものかよ? たいしたことないねw」

 

と笑い飛ばしてやりたいですね(笑)

それでは一旦、キーボードを叩く手を休まさせていただきます。

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雑記帳

Posted by チャーリー