【お墓の引越し】お墓を片付ける人が増えている

つい先日「お墓はいらない」変わりゆく供養への意識」と記事にしましたが、実際にお墓を片付ける人は増え続けているようですね。

 

管理が大変だし跡継ぎはいないし… お墓を片付ける人が急増中

墓じまいは行政の手続きが煩雑なうえ、菩提寺との交渉も一筋縄ではいかないことが多い。こうした中、破格の値段で全てを請け負う「改葬代行サービス」を行うベンチャー企業が現れた。

「実家の墓が遠方で、両親亡き後の墓参りが大変」「子どもがおらず承継する人がいない」。そんな場合には、今ある墓を引っ越しして近くの墓地に納めたり、承継の必要がない合葬や永代供養墓、海洋散骨、樹木葬などを利用したりするのが有力な選択肢だ。

とはいえ、墓から遺骨を取り出して別の場所に移す改葬の手続きは簡単ではない。特に難航するのが菩提寺との交渉だ。高額な「離檀料」を請求されトラブルとなるケースもある。

引用元:ヤフーニュース
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160809-00000241-sasahi-life&p=1

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かなり面倒な引っ越し手続き

ただ、いざお墓を片付けるのは実に面倒臭いようで、それを代行してくれる業者が出てくるなど、この「お墓の片付け」問題は今後どのように展開していくのか、しっかりとした「目」を持って判断したいところです。

 

 

ところで、お墓の引越しをするにはどのような流れになっていて、具体的にどんな手続きが必要なのか、簡単な手続き方法を順にまとめてみました。

 

  1. 新規墓所の確保
  2. 改葬許可申請書の取り寄せ
  3. 埋蔵証明書の発行
  4. 受け入れ証明書の発行
  5. 改葬許可証の発行
  6. 閉眼供養、お骨出し
  7. 古い墓の解体、撤去工事
  8. 改葬許可証の提出
  9. 納骨法要、開眼供養

 

……相当面倒臭いですね、これって。

ただ、これはあくまで日本の葬式仏教を鑑みた場合の手続きであり、次の墓を必要としなければ煩わしい手続きは不要になるものと思われます。

 

お墓の引越しを妨げている元凶は「住職」

その辺の話はまた別な記事にしたいと思いますが、お墓の引越しに関しては上のような手続きをする必要があるので、結構な重労働になりそうです。

というのも、生臭坊主は恐ろしく金に意地汚い面があるので、それが引越しをより面倒なものにしているとか。

 

東京に住むAさん(男性、59)は、大阪に住む父が亡くなった際、相談なく公営の葬儀場と火葬場を手配したことで住職の怒りを買ってしまった。それ以来、住職は納骨や法要のお布施に法外な「最低金額」を指定してくるようになった。

「あまりに非常識な額なので払わずにいたら、『先祖のバチが当たる』などと脅してくるように。母親が精神的に追い詰められてきたので、檀家をやめて墓を移転させることを決めました」

Aさんが離檀を告げると、住職は「許可しない」と言い、高額な離檀料を請求してきた。改葬許可に必要な埋蔵証明書を出してくれないため、役場で事情を話したところ許可証を出してもらえたという。

しかし、墓を開けようにも住職は境内に立ち入るなと通告してきた。そこでAさんが弁護士を立て訴訟を起こしたところ、住職は閉眼供養を条件とする妥協案を提示してきた。

「供養はするが、この住職にはさせたくない」

Aさんは僧侶派遣サービスを利用して閉眼供養し墓を撤去、東京の墓地に父と先祖の遺骨を納めた。

 

多分、多くの坊主がこんな感じだと思います。

 

「宗教は心の安寧を得るもののはずなのに、伴侶を失ったばかりの年老いた母に大きなストレスを与えたことが許せない」

 

仏教に限らず宗教というものは、Aさんの言うように「心の安寧を得るもの」であり、相手に精神的危害を与えるものではありません。

にもかかわらず、日本の多くの仏教では「地獄の沙汰も金次第」という教えを強要してくるんです。

こんなの、やっていることはまんまヤクザですよ……。このAさんの心中は決して穏やかではなかったはずです。

 

出典:cocoloni.jp

 

つまり、それぐらい、日本の仏教界というのは堕ちるところまで堕ちている、ということ。実際、葬儀屋関係で勤めていた私も、坊主の自堕落ぶりは嫌という程目の当たりにしてきました。

 

正しい価値観を持つことが大切

話は変わりますが、お墓を持つということは、厳密に言えば仏教の教えではありません。なぜならば、仏教の始祖であるシャカの教えでは先祖供養という概念はないからです。

先祖を敬わなければいけないという習わしは、祖霊崇拝をする儒教の教えによるものであり、儒教国の中国にて独自に派生した中国仏教(儒教的仏教)が日本の仏教の原点となっています。

無論、この中国仏教を否定するつもりはありません。ただ日本に限って言うならば、仏教とは単なる「ビジネス」にしか過ぎないということをいの一番に理解するべきだと考えています。

故人の供養にしても先祖供養にしても、ことあるたびに金儲けのネタにする日本の仏教。果てしてこれが宗教と呼べるのかというと……あまりに変ですよね?

いい加減日本は「死」に対する正しい価値観=死生観を持つべき時代が訪れているように私は考えています。

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雑記帳

Posted by チャーリー