障害者施設で働く

職を転々としてきた私ですが、最後に勤務したのは社会福祉法人が運営する障害者施設でした。

その頃は妻も落ち着きを取り戻し、私も年齢的なことから「これが最後のチャンス」と意気込んでこの仕事に臨みました。今から約5年前の話です。(この時はまだ妻がアスペルガー症候群と診断されていませんでした)

 

 

そもそも、もうどこも雇ってくれないだろうと当時は考えていましたし、面接も全く良い感触が掴めなかったので、採用の知らせが届いた時は思わずケツが浮いたのを覚えています(笑)

とんとん拍子に進む仕事

さて、そんな棚から牡丹餅的に始めた仕事だったのですが、実に順調に進んでいきました。

妻もそうですが、訳あって障害を抱える甥っ子(自閉症)の面倒を見ていた時期もあったので、障害者と接することには何の抵抗もなかったからです。

障害者施設と一口で言っても実にいろんな障害者がいます。

自閉症はもちろんのこと、大部分の方が知的障害を抱えていますので、コミュニケーションの取り方は十人十色。それでも施設の人たち皆にうまく付き合えるよう、ある程度の信頼関係は構築できたように思います。

 

 

自分で言うのもアレですが、この時は

 

この仕事が自分の天職だったのかもしれないなぁ……

 

と感じましたね。

少しでも障害者が自立できるよう私なりに頑張れましたし、多くの人たちが慕ってくれるのを肌身で感じましたので。

そんな具合にとんとん拍子に仕事には馴染めたのですが、案の定というか、勤め始めてから二ヶ月ぐらいの時に妻が変調をきたしました。

 

意外な結末

その頃は作業所での日勤がメインでしたが、当然のことながら毎日定時では帰れません。

何かトラブルが発生すれば残業もしますし、先輩の職員さん達との付き合いもあるわけですから、帰宅する時間は結構マチマチ。時間にこだわりを持つ妻にとってはそれが殊の外苦痛になるので、日が進むにつれ妻の精神状態が不安になっていきました。(これは他の仕事の時も同じでした)

そんな折、私はグループホームでの勤務を命じられました。試用期間中ということもあり、会社も適正も見たかったのでしょう。

ところでこのグループホームの仕事というのは、時間が超不規則です。拘束時間も長く、勤務体制はかなり変則的なものになりますので、妻にとっては相当のストレスになってしまいました。

それでも妻は踏ん張りました。なんたって「最後の勤め」だったわけですから。今思うとかなり無理をさせていたように思います。

やがて3か月の使用期間を終え、本採用されるかどうかの振り返りを行いました。

私なりに感触は掴んでいたので、よほどのことがない限り採用されるとは思っていましたが、そこで待ち受けていたのは、とんでもない出来事だったのです。

 

 

話すと長くなるので今は割愛しますが、まさに寝耳に水な話が出てきたんです。仕事とは全く関係のない斜め上の話が……。

私は心の中で何度も「はぁ!?」と叫び、それと同時にこの業界の闇の部分を肌身で感じとってしまったんです。

気がついたら私は涙を流していました。

いいオヤジが人前で泣くなんてなんとも情けない話ですが、それぐらい悔しくて、自分の良心の呵責に耐えられなくて、今までの努力はなんだったんだろうと自問自答を繰り返すだけ。そこで私は悩みに悩んだ末、この仕事を辞める決心をしたんです。

この話は、近々別な形で記事にする予定ですが、世の中、なんだか本当に訳がわからんもんですね……。

障害者施設で働く

Posted by チャーリー